「もうすぐ60歳か」と気づいた日、会社の飲み会をやめた話——50代からの時間の使い方

「もうすぐ60歳か」と気づいた日、会社の飲み会をやめた話——50代からの時間の使い方

 

 

 

第1章:はじめに——「え、もう60歳か」そのとき何かが変わった

 

中学生くらいの頃ですかね、「早く大人になりたいなぁ」なんて思っていたのは・・

 

「大人になればお酒もたばこも自由にやれる、法律上OKになるから誰にも文句は言われない」

非常に安直な考えですね、いかにも中学生という感じですね。

 

まあ、でも大人に対する憧れはあったんでしょうね。

そういう「憧れ」ている頃が一番楽しいんでしょうね。

「遠足は前の日が一番楽しい」「金曜日の夜が一番楽しい」

みたいなね。

 

それだけ憧れていたんだったら、実際「大人」になったらどれだけ楽しかったんだろうと思います?

もうお分かりですよね。

「いよいよだあ」のときが一番楽しいってホントですね。

「楽しいだろう」と思っていた場所にいざ行ってみると、なんだかあっという間に終わってしまった感じです。

 

20代から30代はまだいいほうだと思います。

新鮮なことが多い年代ですから、刺激に満ち溢れていましたよね。

 

では、30代から40代はどうでしょう?

この年代は仕事もプライベートもイベントが多くて盛り上がることも多いですが、あっという間に過ぎていった感じがします。

 

40代から50代。

なんでしょうか?なんかイマイチ思い出すものがない感じ?

「あれ?何があったんだっけ?」

そんな感じが強いですね。

50代から60代。

いやもうね、ホントあっという間でした。

他に何も言うことが無いくらいに早かったですね。

「はあーって感じ」ですよ。

 

第2章:ふと気づいた「あの時間、もったいなかった」——過去の時間の使い方を振り返る

 

こんなことを言うと「なんてヤツだ!」って思われそうで正直あんまり話したくないんですけど・・

 

僕ある時を境に「会社での人づきあいほど時間のムダはないんじゃないか?」って思うようになったんです。

特に大きな出来事があったわけでもないんですけどね。

 

正直言って、会社の人たちって「同じ会社だからつき合ってるだけって人いません?」

もしこれが同じ会社じゃなくて完全プライベートだったとしたら、絶対友だちにはならないなって人もいますよね。

 

プライベートでも友だちになっただろうなって人、友だちってほどじゃないけど話すのはそんなに嫌じゃないって人、話しても楽しくないむしろ一緒にいたくない人、大きく分けるとこんな感じですかね。

 

ふと気づいたんですが、「プライベートでも友だちになっただろうなって人」が1人もいない、そんな状況があったんです。

接待とかなら別ですよ、仕事ですからね。

ところが、同じ会社の飲み会でメンツを見た時「ハッ!」って気づいちゃったんです。

 

「あれ、俺何でここにいるんだろう?」って。

「よくよく考えたらこれまでの飲み会もこんな感じだったよな。」って。

 

「この時間って必要か?」って。

 

第3章:会社の飲み会に行くのをやめた理由——ネガティブ100%の法則

 

もともと人づきあいはいい方ではない僕ですが、大人として社会人として、それなりにがんばってきたつもりです。それなりにですけど。

 

会社での人づきあいと言うと「飲み会」ですよ。

若い頃は「会社ってこんなもんなんだろうなあ」とか「こういうつき合いって大事なんだろうなあ」なんて思ってました。

 

でも、今振り返ってみるとまったくと言っていいほど「生産性のない時間」だったんじゃないかと。

ほぼ100%、愚痴や会社、誰かの悪口、不満に流れていくんですよ。

ネガティブのオンパレードです。

 

で、さっき言った「この時間って必要か?」って思ったんです。

そこに参加し続けることで生まれる時間・エネルギーの損失なんじゃないか?って。

 

それからですね、そういう「つき合い」は選んで参加しようと思ったのは。

ところが残念なことに、選ぶようになったらほぼ不参加になっていました(笑)

 

しょうがないですよね、自分にとって「この時間は必要ない」って判断になっちゃうんですから。

 

おそらく、僕のことを「冷たい」だとか「付き合いが悪い」と言ってたでしょう。

でも、そう思われることには何の感情も無かったです。

僕はそういうつながりは求めていませんでしたから。

 

ぶっちゃけ、会社の付き合いが、本当に困ったときの助けになるか?と言ったらそんなことは無いと思いますからね。

 

必要ないって思うことに時間を使うことほどもったいないことはありませんからね。

 

第4章:「自分を優先する」はわがままじゃない——日本の美徳と自己投資の両立

 

この「つきあい」っていう文化は、いかにも日本っぽいですよね。

日本文化における「自己犠牲を美徳とする」価値観ですよ。

この価値観は素晴らしいと思いますよ。

 

思いますけど、僕は「自分を一番大切にできるのは自分だけ」という考えなんです。

「つきあい」で失う時間を自分のために使う方が有意義だと思えるんです。

時間ほど貴重なものはありませんからね。

 

もしかしたら、ある人からは「それは単なるわがままなんじゃない?」って言われるかもしれません。

でも、正直わがままでもいいと思っています。

それでいいと思ってるんです。

 

50年以上生きてきて「自分のために時間を使う」ことを疎かにしてきたと思うんです。

逆にそれこそが最も重要なんじゃないかなと。

 

やっぱり後で後悔したくないじゃないですか?

そのためには自分に正直でありたいし、「本当に大切なもの」に時間・エネルギーを向けたいと思うんです。

 

もし、あなたにとって「つきあい」が本当に大切なものであるなら、そこに時間・エネルギーを向けることに僕は何の異論もありません。

 

そこは人それぞれですからね。

 

大切なことは「自分を優先する」ことを否定しちゃいけないということです。

 

 

第5章:まとめ——遠慮せず、自分のために使おう

 

若い頃は「時間は有限である」なんて考えたこともなかったと思います。

でも50代にもなると、時間は唯一取り返せないリソースであるということを再確認できるようになります。

 

50代、そして60代に向けて、僕らは時間の使い方を意識的に変える必要があります。

 

「本当に大切なものに使う」という選択をすべきなんです。

 

「なんにも遠慮はいりません。」

遠慮して貴重な時間を無駄に使うなんてもってのほかです。

僕はそう思っていますし、そうすべきだと思います。

 

それでは、また!