50代からは出し惜しみより「もう1回」

第1章:はじめに
「出し惜しみしていませんか?」
あなたはなんて答えます?
「俺は常に全力投球、いつも全力を出し切っているよ」
なのか
「いやー、そんなこと聞かれても・・答えようがないなあ・・」
あるいは
「全力を出し切ったと言えるのは、いつが最後だったかな・・」
大きく分けるとしたらこんな感じでしょうか。
どうですかね、なかなか「全力を出し切ってるよ」と言える人っていないと思うんですよね。
特に50代くらいの年齢になると、なかなかいないんじゃないかと思いますね。
やっぱりね、年齢って大きいと思うんです。
若い頃、10代、20代なら後先考えずに突っ走っちゃうことがありますよね。
もう勢いだけで突き進んじゃうなんてこともあったと思います。
もちろん、成功ばかりじゃなくて大きな失敗もあったと思いますが、その失敗のせいで再起不能になったなんてことも無いはずです。
とんでもなく大きな失敗だったとしても、またそこから再スタートしているから今があるわけでね。
失敗は失敗で大きな収穫になっているんですよね。
全力を出し切れば出し切るほど大きくなると思うんです。
成功であれ失敗であれ。
どうです?振り返ってみて。
「確かにあの頃はそういうこともあったなあ・・・」
って思ってる人多いんじゃないでしょうか。
それがいつの間にか年を重ねるごとに落ち着いてきて、がむしゃらに突っ走ることなんて無くなってきてますよね。
もちろん僕もそうです。
若い頃は無謀と言うか無茶と言うか、今だったら行動できなかったようなこともやってましたよね。
僕らは歳を重ねるごとに大人になるにつれて「出し惜しみ」を覚えてしまったような気がします。
「全力を出し切る」
「限界までやり切る」
そういう機会が減っていませんか?
第2章:なぜ出し惜しみすると成長が止まるのか
何事においても言えることだと思うんですが、出し惜しみが「悪い」と言ってるわけでは無いんです。
ただ、「成長を止めてしまっている可能性が高いですよ」言いたいんです。
分かりやすいのが筋トレです。
筋トレは今できる範囲でずっと続けていたら筋肉は成長しなくなります。
たとえば、腕立て伏せを10回できるとしましょう。
10回ならできる、だからずっと10回しかやらなかったとしたらどうでしょう?
筋力が衰えたり、筋肉量が減ることは無いかもしれません。
でも、筋力アップや筋肉が増量することも無い訳です。
今できる範囲でずっと続けていても、限界値が変わらないからです。
筋肉は限界を少しずつ超えることで初めて成長するからです。
ずっと10回で満足していたら停滞したままです。
停滞とは現状維持ではありませんからね、マイナスなんですよ。
10回できるんであれば、そこから「あと1回」を積み重ねて、初めて限界を超えていけるということです。
これは筋トレに限った話ではありません。
すべてのことに対して言えることだと断言できます。

第3章:「もう1回」が成長を生む
先ほども言ったように10回が限界なら、あと「もう1回」やることに大きな価値があるんです。
ここで「もう十分」とか思わずに、全力を出し切るんです。
ここが本当に大きな違いを生むことになるんです。
たった1回と思うかもしれませんが、日々の積み重ね、そのときの「あと1回」を積み重ねることで、10回から20回になっていくんです。
投資の世界でよく聞く「複利」と言い換えることができると思うんですね。
今は10回だとしても、「あと1回」を積み重ねていけば、それこそ20回、30回、いずれは100回までいけるんです。
日々のたった1回の積み重ねが何倍にもなって帰ってくるんですよ。
「あと1回」「もう1回」という限界値を超える「1回」にはものすごい価値があるんです。

第4章:50代からの「計算」という罠
この限界値を超えていくということが、50代くらいになると難しくなるんです。
なぜ難しくなるかと言うと、「計算してしまう」からなんですね
こう、なんて言うんでしょう、「大人ぶった」とでも言うんでしょうか。。
「もうこのへんで止めといた方がいいな」
「あんまり無理しても明日に響いちゃうからな」
みたいにね、なんか変に大人ぶったりするんですよ、このくらいの年代は。
「無理をして明日に響く」ここで言う「明日」って仕事のことですよね。
そういう意味では社会人としての自覚、責任感がある、という風に見られなくもありませんけども。
でも僕はそれは「思い込み」なんじゃないかと思うんですよ。
「無理をしない方がいい」
分からないでもないんですけどね。
でも、それでも僕はそんな「出し惜しみ」はやっぱりもったいないんじゃないかと思いますね。
社会人としての責任感も大切ですけども、「挑戦する」「全力を出し切る」といった挑戦する気持ちを持ってるほうがよっぽど大切なんじゃないかと思いますね。
第5章:まとめ
50代くらいの年齢になると日常生活に刺激が少なくなってきます。
さすがに50年以上生きているわけですから、一通りのことは経験していますからね。
その経験値で大体のことはなんとかこなせるだけの能力もあります。
ですから、「出し惜しみ」というのは、ある意味「余裕」があるからできることだと思うんです。
でもその「余裕ぶった」態度、行動のままでは、刺激も無ければ活力も得られないと思うんです。
だからこそ僕らは「出し惜しみ」せずに「出し切る」「挑戦する」を選択すべきだと思うんですよ。
人間、やらなくて後悔することっていっぱいあると思うんです。
でも、やって後悔することってあんまりない無いと思いませんか。
僕らは変に大人ぶらずに、出し惜しみせずに、出し切っていきましょう。
それでは、また!