意味なんて求めない

第1章:はじめに
前回「やっても無駄」というテーマについてお伝えしましたが、今回はその続きになります。
あなたも一度はこう考えたことがあるんじゃないですか?
「これ、やる意味あるのかな?」
こんな風に考えることって、けっこう多いんじゃないかと思うんですよ。
で、どんなときにこういう風に考えるかと言うと、「あまり乗り気じゃない」「そんなにやる気が出ない」そんな時だと思うんですね。
つまり「言い訳」を探そうとしているわけです。
本当に「やりたい」と思っているのであれば、「意味」とか「理由」を探したりしないですよね。
すぐにでも始めると思うんですよ。
なのに、一度立ち止まって「意味」を探そうとする。
これは動きたくない心の表れでしかないわけです。
動き出せない、動きたくない何かがあるから意味を探そうとしているんですね。
でも、意味があるかどうかを考えて、いちいち立ち止まっていたら動けなくなってくると思うんです。
何事に対しても、意味を求めるようになってしまって、動かなくていい理由を探すようになる。
そうして、「これには意味が無い」なんて結論を出したら、もう何に対しても「意味が無い」と結論を出して動かなくなる。
そういう悪い癖がついちゃうと思うんです。
これは非常に危険です!
この悪い癖が習慣になる前になんとかしましょう。
第2章:「意味を求める」ことが動けない原因
行動することに意味があるか無いかなんて、行動する前に分かりますかね?
僕らの年代、50代くらいになると、いろんな経験値があるじゃないですか?
振り返ってみてどうですか?
事前に「これは意味がある」と分かったうえで行動したことってどれくらいあります?
僕はあんまり無かったと思います。
意味があるかどうかなんて考えずに行動してきたことの方が多いと思うんですよ。
よくよく考えてみたら分かると思うんですけど、やる前に意味が分かるようなことだったら逆にやらなくてもいいんじゃないかって思うんですよ。
意味が分かるということは、これをやることでどんな成果が得られるかが分かるということですよね。
やる前にすでに分かるようなことに、そんなに伸びしろなんて無いんじゃないかって思っちゃいます。
やってみなきゃわからないことだからこそ、やってみた後、行動した後に得られるものが大きいんじゃないかと。
そういうことのほうが今まで多かったと思いません?
50代にもなると、若い頃のように勢いで行動することも減ってきてると思うんですよ。
だから、行動することに意味を求めるようになってきてるんじゃないかな、と。
行動するためのゴーサインが欲しいんですよ。
ゴーサイン、これはオッケーだよと自分にサインを出さないと動けなくなってきているということですよね。
「意味を求める=行動へのブレーキ」だとすると、非常に危険な兆候だと言えるんじゃないでしょうか?
第3章:やる前に意味なんてわからない
さきほども話した通り、やってみて初めて「あっ、これはやってよかった」と思えるものだと思うんです。
たとえば、僕は筋トレを6年くらい続けていますが、その間いろんなメニューを試してきました。
それこそ、やる前に意味なんて求めないことのほうが圧倒的に多かったと思います。
腕立て伏せのいろんなバリエーションを試す時なんかもそうです。
基本のオーソドックスな腕立て伏せとほんのわずかな違いしか無かったりするものでも、やってみて初めて「いいか悪いか」「自分に合っているか合っていないか」が分かるんです。
もし事前に意味を考えてたらやらなかったかもしれません。
すでにやっていることとほんのわずかな違いしかなかったりするわけですからね。
「これだけしか違いが無いんだったらやらなくてもいいんじゃね?」
ってなってたかもしれません。
意味を求めたがゆえに得られるメリットを逃すことだってあるということですよ。
やってみて自分には合わないと思ったとしても、「これは自分には合わない」ということが発見できたんですから「失敗」ではないんです。
「意味が無いことをやることは失敗」
そんな考えが奥底にあるのかもしれないですね。
でも、絶対そんなことはありません。
「やらないことが失敗」なんです。
そういう考え方を持つことが大切だと思いますね。

第4章:50代だからこそどんどん動くべき
年齢を重ねると特に「やる意味=やらなくていい理由」を求めるようになると思いますね。
「この年で失敗なんてするのはみっともない」
というような考えが強くなってきてるんでしょうね。
50代ともなると世間的には落ち着いた大人のイメージですからね、そのイメージで自分も周りから見られているという思い込みがあるんでしょう。
まあ、確かに50年も生きてきたら固まっちゃってる部分はあると思います。
心も体もです。
その固まって重くなってるものを行動することで変えていけるんです。
だから、逆なんですよね。
固まって重くなった考え方が動きを止めているんですから、軽く動き出すことで硬いものを柔らかくして、重いものを軽くしていけばいいんですよ。
それに、もし行動してみて失敗したとしてもですよ、その「失敗談」は他の人にとっては貴重な話になるんです。
こんな貴重なアドバイスはないんですよ。
そういう意味でも、僕らの年代がいろんなことをやってみるということには非常に大きな意味があるんです。
ラグビーで例えるなら、自分がボールを持った状態で走る。
そしてそのままトライする、これを成功ととらえて、ここに意味を求めているんです。
トライするまでの走力が無くなってきたら意味が無いから止めとこう、こんな考えだと行動しなくなるんです。
でも違うんですよ。
トライをとるために自分がボールを持って走り切る、これは一つの選択肢でしかありません。
味方にパスをしてつないでトライをとるという選択肢もあるんです。
自分がトライを取ることだけが成功じゃないんです。
自分の走力じゃトライを取れなくても、見方にパスを出せばトライが取れるんです。
これは50代、60代くらいの年齢になって衰えを感じた時に思い出してほしいですね。
自分が成功するまでやり抜くことも成功ですが、失敗を他者へのアドバイスとして活かすことも成功だと言えるんです。
第5章:まとめ
意味を求め過ぎると自分を縛り付けることになってしまいます。
意味はやってみて分かるものであって、やる前に分かるわけ無いんですよ。
やる意味を考えすぎて動きが止まっていませんか?
もっと軽やかに動き出しましょう。
意味なんて動きながらでいいんですよ。
僕もまだまだ動きながら確かめていますから。
それでは、また!