他人の評価じゃない、自分の評価で生きる!

第1章:はじめに
人って他人の評価を気になってしょうがない生き物ですよね。
特に現代はSNSがありますから、「いいね」の数で落ち込んだり、テンション爆上がりしたり大変です。
僕からしたら「忙しくて大変そうだなあ」って感じしかありません。
別の世界の人たちが盛り上がってるくらいの感覚で観てますけどね。
とはいうものの、SNSをやっている人たちだけが他人の評価を気にしているかと言えば、そんなことも無い訳です。
かく言う僕らおじさんも会社で同じように他人の評価の中で、評価を気にして生きてきたわけです。
ある意味SNSよりもシビアかもしれませんよね。
僕らサラリーマン、会社員は他人の評価で給料が上がったり下がったりするわけですからね。
他人の評価がダイレクトに自分の生活に響いてくるんです。
もっと言えば自分の人生さえも変えてしまう可能性だってあるわけですよ。
そりゃあ、ずっとサラリーマンとして生きてきたおじさんなんて「評価される」ことが染みついちゃってるでしょう。
「自分がどう見られているのか・・自分はどう評価されているんだろう・・」
なんて、何十年も考えてきたんですからね。
他人の評価を気にしてないサラリーマンなんていないでしょうね。
第2章:他人の評価は気にしてもしょうがない
悲しいかな多くのサラリーマンは他人の評価に振り回されて生きてきたと言っても過言では無いんですね。
まあ、もしかしたら他人の評価を上手く操ってと言うか、他人から良い評価をもらうのが上手くて、上手に世の中を渡ってきたという人もいるかもしれません。
でも、いたとしても極々少数でしょうけどね。
もし、そんな人がいたら今ごろ教祖様にでもなっているんじゃないでしょうかね。
そもそも「他人」ですからね。
自分の「基準」と違うのは当たり前なんですよね。
もっと言えば、「価値観」から違うわけですよ。
どれだけ自分の評価が納得できないものだったとしてもですよ。
それを他人である相手に説明して理解してもらおうとしても無理なんですよ。
だって、相手の価値観が変わらないと評価自体も変わらないわけですからね。
その人の価値観、基準で見て評価しているということは、この世の中で誰一人としてまったく同じ評価を下す人はいないわけですよね。
ですから、評価を変えるという行為は無駄なんです、覆らないんですよ。
だからこそ、他人の評価を「気にする」という行為自体が不毛であると言えるんです。
これが結論ですよ。

第3章:他人の評価を気にする、その先には・・
「そうは言っても他人の評価ってやっぱり気になる」
そう思う人も多いんでしょうね。
現代はもうそりゃあ異常なほどに評価基準が溢れているじゃないですか。
SNS世代じゃない僕ら50代後半からしてみればホントに異常な状況だと思いますよ。
異常というかね、もう「危険」な状況ですよね。
他人の評価を気にするあまり、本来の自分を出せなくなっているように見えますよね。
もうどんどん、どんどん、こう、内側に内側に向いちゃってるような感じがしますね。
そうなってくると、考え方もネガティブになって言動まで消極的になってしまうんじゃないでしょうか。
他人の評価ばかり気にしていると、そういう悪循環が加速していく一方でしょうね。
第4章:自分の評価を基準にする
自分の人生を他人の評価で生きて何の意味があるんでしょう?
もうね、50も過ぎてくると本気でそう思うようになりますよ。
自分の人生ですから、他人の評価じゃなくて自分の評価で生きるべきなんですよ。
他人に評価される基準であったり、他人との比較なんていらないと思いませんか?
自分だけでいいと思うんです。
昨日の自分と今日の自分を比較して、自分をどう評価するか?
大事なのはここだと思うんです。
他人から見れば全然大したことないことでも、自分では「よし、これができた。ちゃんと行動できた。」と評価してあげればいいんですよ。
この評価こそが最高の評価です。
もう極端なこと言えば、周りの意見なんか無視しちゃえばいいんですよ。
多少わがままって思われたっていいじゃないですか?
自分の人生ですから自分のために生きていいんですよ。
第5章:まとめ
もういいんじゃないですかね?
僕らの年代になったら他人の評価なんて無視していきましょうよ。
基準にするのは他人の評価ではなくて、自分の評価ですよ。
周りの他人の評価なんて聞く耳持たなくていいんですよ。
自分の評価を基準にした方が絶対人生楽しいですからね。
間違いないです。
ぜひ、「自分の評価を基準に」ということを意識してほしいですね。
それでは、また!