「AIブームに乗る前に一度疑ってみる。情報に踊らされない人が静かに実践していること」

- 第1章:はじめに――「疑う」は、否定じゃない
- 第2章:みんながわーっと行く、あのパターン
- 第3章:AIは便利、でも「熱量」は届かない
- 第4章:筋トレの「最新研究」も、鵜呑みにしなくていい
- 第5章:まとめ――便利さに乗りながら、流されない
第1章:はじめに――「疑う」は、否定じゃない
「疑う」という言葉に対するイメージって、どうしてもネガティブなものが多いと思います。
「人を疑う」ということを連想してしまうからでしょうか。
今回、この記事では「疑う」という言葉が頻繁に出てきます。
ただし、人を疑うとかそういう話じゃありません。
ネガティブなフィルターを外して読んでほしいと思います。
なぜ「疑う」というテーマにしたかと言うと、今の時代、情報・流行の波が以前よりずっと速く大きくなっている、ということが挙げられます。
こんな時代においては意識しないでいると、情報の波に流されてしまいます。
自分で判断する以前に、その波にいつの間にか乗っかっている、そんな状態にある人が多いと思うんです。
「多くの人が「右」に向かっているから、「右」でいいんだ」
そんな盲目的に思考を手放すような行動ばかりしているのは非常に危険だと思うんです。
一度立ち止まって、自分で判断する。
そのために「疑う」ことが必要になってくるんです。
第2章:みんながわーっと行く、あのパターン
現代はSNSに代表されるように個人発信の情報で溢れかえっていますよね。
昭和の頃なんて、テレビ、ラジオ、新聞、これくらいでしょうか?
割とリアルタイムに近い情報が入手できたのは。
まあ逆に情報の発信元が少なかったことで、みんなが同じ方向を向きやすかった、とも言えるんですけどね。
かなり細分化されたとは言われていますが、それでも各分野に「インフルエンサー」と呼ばれる人たちがいて、その人たちの言動によって商品が売れたりする、そんな影響力はある訳です。
まあハッキリ言って、形は変わっても人間の心理、行動は変わらないということです。
何か新しいものが出るたびに群衆が一方向に動く、という繰り返しのパターンです。
「これがトレンド」「これが最新」「これがオシャレ」みたいなものに群衆は群がるものなんですね。
しかしですね、この行動は実は危険、リスクを伴う可能性が非常に高いんです。
というのも、ちょっと名前は分からないんですが、ハリウッドのシナリオ作家の話です。
どこかで読んだんですけど細かい部分はよく覚えていないんです。
その話、映画のシナリオの話が「なるほど」というものだったので覚えているんです。
ハリウッドのシナリオでは、「群衆は間違った方向に行き、主人公は逆に行って助かる」というのが王道らしいんです。
確かに大作と呼ばれるようなパニック映画って大体そんなストーリーですよね。
これは何も映画の中だけの話では無いんです。
現実世界でも同じことが起きています。
今であれば「AI」がまさにそうですよね。
第3章:AIは便利、でも「熱量」は届かない
僕もAIを利用していますが、確かに便利です。
もうびっくりすることだらけです。
ほんのちょっと前までは「画像生成」で、たとえば「筋トレをしている人」の画像を生成したりすると、腕が4本あったり、指が8本くらいあったりしたもんです。
「なあんだ、AIってまだこんなレベルか・・」
なんて思ったもんでした。
ところがですね、あっという間に、ホントあっという間に進化して、とんでもないレベルにきていますからね。
画像の生成も、もう何でも、どんな画像でも生成できるようになっていますから。
ただですね、ものすごいレベルになったことは認めます。
認めますけど、やっぱり「人間のそれ」とは違うんです。
僕はブログも書いていますが、ポッドキャストもやっています。
ポッドキャストを知らない人のために簡単に説明しますと、YouTubeの音声版、まあラジオみたいなもんです。
アメリカではものすごく人気があるんですが、日本ではまだまだこれからって感じですかね。
ポッドキャストは「人が喋る」、つまり音声です。
今では音声もAIは生成してくれます。
それもかなり高いレベルになってきています。
ただ、やっぱり何かが違うんです。
難しいと言われる日本語もだいぶ上手くなっているのは間違いないんですが、「何か違う、何かが足りない」と感じてしまうんですね。
本物の人間が喋っていたら、「この言い回しは無いな」とか。
「微妙にイントネーションがおかしいな」とか。
そういうのもあるんですが、それ以上に「違和感」を感じるのは、その「無機質さ」じゃないでしょうかね。
なんでしょう、熱量というか・・・、上手く言語化できないんですけどね。
「熱量」「個性」というようなその人のオリジナルはAIには代替できないんじゃないかと思っちゃいますね。
ということはですね、ハイウッド映画のシナリオ的に考えれば、みんな(群衆)がAIに乗ることで、逆に「人(ヒーロー)が直接話す・書く」ことの希少価値が上がる、という流れになると予想できるわけですね。
第4章:筋トレの「最新研究」も、鵜呑みにしなくていい
さすがに筋トレをAIに代わりにやってもらうわけにはいかないですよね。
ある意味、筋トレは最もアナログなものだと言えると思うんです。
ただ、AIで生成することは無くても、AIから筋トレの情報を仕入れることはできるんです。
最新の研究結果や米軍特殊部隊の訓練メニューとか世界のトップアスリートのトレーニング頻度などは知ることができるんですよ。
筋トレをやっている人間ですからやっぱり興味があるじゃないですか。
僕もYouTubeでたくさん見てきました。
実際やってみて成果を感じる優れものもありましたけど、自分にはなんだか合わないな、というものもありました。
もちろん、年齢的な部分もあると思います。
意外と中高年、高齢者、50代くらいの年齢向けって少ないんですよ。
(意外とでもないか(笑)それが普通ですかね)
それでも、世界の有名大学の研究結果ではこうでした、とかでもそうなんです。
結局、研究結果というのはあくまでサンプルデータであり、個人に完全適用できるものではないということなんですよ。
人それぞれ骨格・運動経験・年齢など個人差がありますからね。
研究結果を否定しているわけではありませんからね。
ただ、盲信するのはどうなの?ということです。
研究結果を参考にするのはアリだと思います。
参考にしたうえで自分でやってみる、やってみて検証するんです「自分に合っているどうか」を。
結局、「自分に合ったやり方を見つけられるのは、自分だけ」ということなんでしょうね。
第5章:まとめ――便利さに乗りながら、流されない
誤解してほしくないのは、「疑う習慣」を「不便を選ぶこと」ではなくて、「自分軸を持つこと」として前向きに再定義して締める、そう認識してほしいということです。
AIや最新情報はどんどん活用していいと思います。
ただし「一旦立ち止まる」というひと手間を挟むことが大事なんです。
これからの時代、便利さが増すほど「自分に何が合っているか」を考える力の重要性が増すと言えると思うんですよ。
筋トレもポッドキャストのようなコンテンツ発信も、最後は「自分の身体・自分の声・自分の経験」が軸になる、そう思いますね。
「あなたは今、何かの流れに何も考えずに乗っていませんか?」
もし心当たりがあるのであれば、一旦立ち止まってみましょう。
ここが大事なポイントですね。
結局、便利にはなっているんですけど、「でもね・・・」っていうところですかね。
それでは、また!