筋トレをアイデンティティにする危険性——「筋トレだけ」依存から抜け出す考え方

- 第1章:はじめに
- 第2章:「筋トレだけ」依存が危険な理由——怪我・病気・そして加齢
- 第3章:過去の自分と比べることが、いちばんナンセンスな理由
- 第4章:プロセスをアイデンティティにする——筋トレ以外の柱も持つ
- 第5章:まとめ——今の自分を全部受け入れて、前に進む
第1章:はじめに

「おいおい何言ってんの?今まで言ってきたことと違うじゃん!」
って思った方もいらっしゃるんじゃないかと思います。
そうですね、確かにここ最近はアイデンティティについて話す機会が多かったのは間違いありませんし、アイデンティティの確立に筋トレは非常に有効な手段である、と主張してきましたから。
筋トレがアイデンティティになることは間違いありません、これは断言できます。
肉体的にも精神的にも素晴らしい効果をもたらしてくれるのは間違いありません。
それに筋トレを習慣化できたあなたはその恩恵もしっかりと受け取っていることでしょう。
筋トレの素晴らしさに気づいたあなたは筋トレが精神的な支えにさえなっているかもしれません。
だからこそ、あえて言わせてもらいます。
「筋トレ「だけ」にそんなに依存して大丈夫ですか?」
第2章:「筋トレだけ」依存が危険な理由——怪我・病気・そして加齢

筋トレは本当に素晴らしいものです。
肉体的にも精神的にも健康になれるし、成長することもできる。
やろうと思えば誰だってすぐに始められる。
メリットだらけに思えます。
実際、僕もこのブログやポッドキャストでそのメリットを何度も伝えています。
唯一デメリットと言えるのは(ここは意見が分かれるかもしれませんが)、継続しないとその効果を得られないということです。
今日明日やっただけで十分な恩恵を得ることはできないんです。
つまり、時間がかかるということです。
時間がかかるということは、理想の自分に成長する間に想定外のことも起こり得るということなんですね。
たとえば、ケガをしてしまうかもしれません、病気にかかってしまうかもしれません。
まったく想定外のことが起こって筋トレを中断せざるを得ない状況になる可能性はゼロではありません。
そんなときに、筋トレに依存し過ぎているとぽっかり心に穴が空いたような状態になるかもしれません。
いわゆる「自己喪失」ですね。
このようなことが起こった時に、依存していなければ、「まあ、しょうがないな」「ケガが治るまでの辛抱だ」程度で済むと思うんですよ。
ところが、依存度が高過ぎると「何をしたらいいのか分からない」「俺はどうしたらいいんだ」「こんなにブランクがあったら元に戻れなくなるんじゃないか」と、ちょっとしたパニック状態になるケースもあるんです。
ケガというものは大体突然来ますからなおさらですよね。
ずっと前から分かっているものでは無いですから。
まあ分かっていたら対処の仕方も考えるでしょうしね。
とは言ったものの・・・
実はケガよりも怖いものがあるんです、しかも確実に来ることが分かっている、なのにそれに気づかない人が多い、あるいはうすうす感づいてはいても気づかないふりをしてしまうもの、そんなものがあるんです。
それは「老い」です。
「老い」は誰にでも確実に平等にやってくるものです。
これが実は一番厄介なんですね。
ケガや病気は治れば筋トレを再開できるわけです、でも、でもですよ「老い」、つまり加齢による衰えはそうじゃないんです。
50代、60代で筋トレをしている人は経験したことがあると思います。
あるとき急に衰えを感じるんです。
「いつも1セット15回やってたのに、急にしんどくなってきた。」
「全身のパワーが落ちてきたように感じる」
「理由が分からない筋力の衰えを感じるようになった」
という、50代、60代特有の理由によって筋トレが出来なくなるという不安に襲われるようになる時が来るんです。
第3章:過去の自分と比べることが、いちばんナンセンスな理由

加齢による衰えは誰でも経験することですし、必ず自分にも訪れることは分かっているはずなんです。
分かっているはずなのに、それを認めるのが怖いんですね。
そうするとどうなるかというと、老いを認めたくないという心境から「過去の自分、ピーク時の自分」に逃げちゃうんです。
「あの頃は良かった」
「あの頃に戻りたい」
と自己否定に向かってしまうんです。
現在の自分から逃避しようとしちゃうんですね。
人はピーク時の記憶が鮮明に残りやすいという心理メカニズムがありますから、余計にです。
若かった頃を美化しちゃうんです、もっと言えば神格化さえしちゃうんです。
そうなってくると、今の自分をどういう風に捉えるかと言うと、年を取って「ダメになった」という考え方になっちゃうわけです。
これは非常に危険です。
このような考え方が出てくると、筋トレ、筋力、体力だけにとどまらず、すべてにおいて自己否定になりかねませんから。
自分を全否定しかねないわけです。
「何事に対してもやる気がおきない」
「虚無感に襲われてすべてが嫌になる」
こんな危険な状態に陥ってしまうことだってあるんです。
人間はつい良かった頃、過去の自分と比較してしまう生き物です。
でも、過去を振り返ってばかりでは何も生みだしません。
そうです。
振り返ってばかりでは、そこから一歩も前に進めなくなってしまうんです。
ここで視点の転換が必要になってくるんですね。
「衰えたっていいじゃないか。衰えた地点からまた成長を目指せばいいんだ。」
こういう風にポジティブに切り替えればいいんです。

もうね、人間年を取るのはしょうがないですから。
いくら抗ったところで年は取るし、老いてくるし、衰えるんですよ。
もうね、この残酷な現実を受け止めるしかないんですよ。
「しゃあない!」と。
第4章:プロセスをアイデンティティにする——筋トレ以外の柱も持つ

「じゃあ、具体的にどうしたらいいのか?」
と言われそうなので、ここで具体的にどうすればいいのか?について話していきますね。
まず、前提として「過去を振り返らない」これです。
「あの頃は良かったなあ」とか「20代の頃はこれくらい余裕でできたのに」とか、とにかく過去の栄光にしがみつかないことです。
過去は過去、どんなに悔やんだところで戻れはしないんですから。
考えるだけムダです、無駄。
過去に目を向けるんじゃなくて、今です。今に目を向けることです。
今の自分からどれだけ成長できるかを軸に置くんです。
いくら年を取った、衰えた、と言っても、まだまだいくらでも成長できるんですよ。
筋トレをやる前とやった後では絶対に違うはずじゃないですか?
たとえば、たった10分しか筋トレをやってなかったとしても、10分前のあなたと今のあなたは違うんです。
そのたった10分でも成長してるんです。
一つコツというかヒントを話しますと、「短い時間軸で考えるようにする」です。
10年前とか10年後で考えると、かなり厳しい現実しか見えてこないと思うんですね。
でも、1時間前、1時間後というように短い時間軸で考えたら、明らかに成長を感じられるんです。
確実に成長を実感できると思いません?
それともう一つ良い効果があって、短いスパンで見るようになると、結果そのものよりプロセスを楽しめるようになります。
確実に成長することが分かっているから、その短い間が楽しみに変わってくるんですよ。

これはかなり大きなポイントだと思いますよ。
もう一つ、これは非常にシンプルな話になりますが、筋トレ以外にも楽しみを見つけることです。
それも、できれば筋トレと真逆なものがいいですね。
筋トレを体育会系とするならば、対極は文科系でしょうか。
読書とかいいですよね、読書は単に知識量を増やすだけじゃなく、人間的に深みを増す効果もあるように思います。
あと今だったら、AI関連もいいんじゃないですかね。
AIの成長スピードはものすごいですから、そのスピード感を感じるのもいい刺激になるんじゃないでしょうか。
単純に最先端のものに触れるということは若返りの観点からも有効だと思いますね。
まあ結局、今の自分を軸にして、そこからの成長を楽しむということですね。
第5章:まとめ——今の自分を全部受け入れて、前に進む

筋トレは非常に素晴らしいものです。
肉体的にも精神的にも僕らを成長させてくれるものです。
しかし、50代、60代の人はちょっと注意が必要なんですね。
加齢による衰えは避けようがありませんから、その衰えにフォーカスしないようにすることです。
過去や未来にばかり目を向けずに、見るべきは「今」です。
そして、結果ばかりを気にしないこと、成長のプロセスに目を向けて、そのプロセスを楽しむことです。
長いスパンではなく短いスパンで見るようにすると、より成長を感じられます。
まあ、とにかくですね、「年を取ったからダメなんてことは一切ありませんよ!」ということですね。
僕らはまだまだ前を見ていきましょう!
それでは、また!