AIを鵜呑みにするな!

第1章:はじめに
いやー、AIすごいことになっていますねえー。
ほんのちょっと前までは、「AIはまだまだ使えないね」なんて言われてたと思うんですが、ものすごい進化のスピードですよね。
僕も1年くらい前ですかね、AIっていうおもしろいものがあるって言うんで触ってみてたんです。
と言ってもそっち方面はそんなに詳しいわけでもないので、せいぜいイラストを生成するくらいでしたけど。
まだ当時はそんなに優秀ではなかったんです、少なくとも画像生成においてはですね。
人物のイラストでも、腕が三本あったり、指が10本くらいになってたりと「あ~、まだまだ使えないなあ・・」って言うのが正直な感想でした。
それが、あれよあれよという間に人物のイラストも精度が上がってきて十分どころかものすごく高レベルなものもできるようになりましたから。
それに伴って世間での認知度も急激に上がってきましたよね。
普通に会話の中に「AI」というワードが入ってくるようになりましたから。
あらゆることにAIを使うようになりましたしね。
今までは何か知りたいときにはネット検索するのが普通でした、GoogleとかYahooとか。
でもどうですか?今はもうAIに直接聞くようになっていませんか?
僕もほとんどAIに聞くようになりました。
その方が手間がかかりませんからね。
一度聞いたらピンポイントの答えを提示してくれますから。
ネット検索だと、一度聞いて表示されたものからまた自分で探さなくちゃいけませんでしたから、その分の手間が無くなったんです。
楽になったんです。
ホントに怖いくらいに便利になってきています。
でも、あまりに急激に便利になり過ぎて「ちょっと怖いなあ・・」って思ったことありません?
僕は「えっ、そんなことまで分かるようになったの・・」ってちょっと恐怖を感じたことがあります、いやマジで。
確かに世界的にも戦争に使われているとかニュースになっていますし、あまりに進化し過ぎた最新版はあえて非公開にした、なんてニュースもありますから、僕らの遥か創造の上を言ってるのは間違いないでしょう。
それだけAIはすごいレベルになっているわけです。
今やAIに聞けばなんでも答えてくれる、そんな風に思ってしまいます。
「でも・・」
でもですね、AIの言うことをすべて鵜呑みにしていいんでしょうか?
第2章:AIが出す答え
なぜ、「AIの言うことをすべて鵜呑みにしていいのか?」という疑問が出てきたかについて話していきますね。
確かにAIはすごいんです、すごいんですが、いくらすごいと言ってもAIの出す答えって過去の物なんです。
(おそらく現時点ではですよ)
AIが答えを生成する仕組みというのは、すでに世の中にある過去データの最適解を引っ張ってくるものです。
そうです、「最適解」なんですよ、「自分という「個体」に合った答え」ではないんです。
あくまでもAIが出すこたえは「平均値の答え」であって、「自分に合った答え」とは別物であると考えた方がいいんです。
だってそうですよねえ、現時点の自分自身のデータは世界のどこにも存在していないはずですから。
過去のデータはあるとは思いますが・・
たとえば、僕は昔ラグビーをやっていましたが、ラグビーってポジションによって体格がまちまちなんです。
背が高いのもいれば、低いのもいる、太っているのもいれば、筋肉質もいるって感じで、ほんとバリエーションに富んでいるんです。
でも、ここで身長と体重のデータだけをAIに送ったとしたらどうでしょう?
まったく同じ身長と体重でも、実際の見た目は全く違うことがあるんです。
その2人に対しての答えが全く同じにはならないはずですよね。
でも、身長と体重がデータとして同じなら同じ答えが出ることになっちゃうんです。
ここがポイントなんですね。
※ただし、あくまでも現時点での話ですけどね。
第3章:筋トレ×AIの正しい使い方
ここまで話してきたことは、主に筋トレに関して僕が感じたことなんです。
人それぞれ体格、年齢、性別、経験値は違いますし、データ化できないものもあります。メンタル面をデータ化するのは非常に難しいと思うんですよ。
ですから、自分にとっての最適解を「AIが出した答えが絶対というふうに鵜呑みにするのはどうなんだろう?」と思ったわけです。
「絶対」ではなく、「仮説」や「提案」として受け取ることが正しいんじゃないかと思うんです。
どういうことかと言うと、AIの言うことを最終的な答えとするのではなくて、自分でやってみた上で判断するということです。
まずやってみて、答えは自分で出すことが大事なんですね。
一見遠回りになるような気がしますが、遠回りでもいいんです。
逆にその遠回りが自分の財産になるんです。
AIからの仮設、提案→自分で試す→自分で答えを出す、というステップでいきましょう。

第4章:AIと文章
と、ここまでAIと筋トレについて話してきました。
さすがにAIに筋トレを代わりにやってもらうことはできませんから、筋トレは必ず自分でやるものになります。
しかし、筋トレ以外のものに目を向けると、すべてAIに丸投げすることも可能なものがあります。
たとえば、このブログもそうです。
「文章を書く」ことはAIに丸投げしやすい最たるものです。
正直に言うと、僕もこのブログをAIに丸投げできないかと考えたことがあります。
実際に書いてもらったこともあります。
(もちろん、今は自分で書いてますよ)
丸投げできないことは無いんですよ。
よっぽど文章としては正しくて、きれいな文章で仕上げてくれると思います。
AIは非常に優秀ですから、自分が過去書いてきた記事を読み込んでもらうことで、自分っぽい文章で書いてくれるんですね。
あくまでも「自分っぽい」文章です。
ただ、あるとき「あれ?これやばいんじゃないの?」って思ったんです。
このままAIに文章を書かせていたら、「文章を書くスキルが低下してしまう、文章が書けなくなってしまう」と思ったんです。
もっと言うと、「俺このままじゃバカになっちゃうんじゃないの?」と思ったんですよ。
「ホントに伝えたいことがあるのに、それを文章にできなくなるんじゃないか?」
そんな怖さが頭をよぎったんです。
それに僕のブログを読んでくれている人に対しても「失礼なこと」をしていると感じました。
僕のブログを読んでくれているということは、僕が書いたブログを読みに来てくれているということですからね。
文章っていうのは、主語述語の使い方、文法が正しいとかそれだけで読みたくなるものじゃないじゃないですか。
正しいとかきれいな文章だからとかよりも、その人らしさ、熱量といったものを感じて読んでくれるんだと思うんです。
だからこそ、自分で書くことが大切なんですね。
第5章:まとめ
AIはとんでもなく優秀だし便利なものです。
でも、だからといってすべてAIに丸投げするというのはどうなんだろう?と思うわけです。
AIに聞いて、答えを出してもらうことは全然問題無いと思います。
その答えをAIからのアドバイスとして受け取って、最終的な答えを出すのは自分にしておくべきです。
自分で実際にやってみて、自分の感覚も加味したうえで答えを出す、やっぱりこのやり方がいいと思うんですよね。
これからの時代、AIを使わないなんてことはあり得ないと思います。
でも、自分の頭を使うことを忘れちゃいけないんです。
AIはどんどん使っていきましょう。
でも、自分という固有の存在を見失わないように、最後は自分で決めることが大切だと僕は思います。
それでは、また!